宮間あやら退団の背景は 岡山湯郷ベル、激動の1年 - サッカー魂
宮間あやら退団の背景は 岡山湯郷ベル、激動の1年
宮間あやら退団の背景は 岡山湯郷ベル、激動の1年 山陽新聞デジタル 12/13(火) 8:30配信 ツイートシェアする
練習前に話し合う左から岡山湯郷ベルの桜井監督、GK福元、MF宮間=鹿児島県指宿市 元日本代表のMF宮間あや、GK福元美穂の退団、2部降格…。サッカー女子・なでしこリーグの岡山湯郷ベルにとって今季は混迷を極めた1年だった。退団騒動の背景に何があったのか、探った。
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ホームで戦う選手たちを後押しするサポーターの声援がため息に変わった。
10月23日、美作ラグビーサッカー場(美作市)で行われたなでしこリーグ1部の最終節。岡山湯郷ベルは奮闘むなしく1―2で新潟に敗れ2005年の1部昇格以後、初の2部降格が決まった。この日の先発メンバーは、3月末の開幕戦から実に8人も入れ替わっていた。
■引き金
宮間、福元、FW松岡実希、DF高橋佐智江の主力4選手が退団意向―。
チームを大きく揺るがす事態が明るみに出たのはリーグ戦中断期間中の7月下旬だった。
引き金となったのは6月1日、桜井庄吾監督の辞任を受けて結城治男コーチが監督代行に昇格したことだったとみられる。関係者によると、宮間が深く関わっていたチームの戦術や試合のメンバー選考を結城氏が主導するようになったという。チーム運営の方針が変わる中、6月に両膝を手術した宮間だけでなく、福元ら3人も7月20日から練習に参加しなくなったという。
クラブ側は事態を収拾できず、結城氏を解任。4選手の慰留に努めたものの、宮間を除く3選手は8月10日付で退団した。いったん残留となった宮間も試合出場はなく、今季終了に合わせ「自分を見つめ直したい」とチームを離れた。
8月下旬に辞めた別の3選手らを加えると、今季の退団選手は計9人。チーム創設に尽力し、01年12月からゼネラルマネジャーを務めた黒田和則氏、コーチらも相次いで退任した。
異常事態に陥ったチームは泥沼の13連敗で今季リーグを終えた。
■数年前から
チームのまとまりが欠け始めたのは数年前からという指摘がある。
発足当初から高い指導力でチームを率いた本田美登里監督が11年1月で退団。新体制となったチームで宮間、福元は日本代表として同年夏のワールドカップドイツ大会で優勝、女子サッカーは一躍、脚光を浴び、順風に見えた。
ところが、翌12年の開幕前に大量9人が退団。14年にも同じく9人が辞めた。この間、12、13年はリーグ戦最高の3位。14年は4位に終わったものの、レギュラーシリーズは1位と一定の結果を残してきた。しかし、15年は成績が振るわず、種田佳織監督がシーズン途中で辞任。1部昇格以来最低の8位となり、残留争いに巻き込まれた。
チーム創設当初から活躍し、W杯優勝、ロンドン五輪銀の立役者となって「湯郷」の名を全国に発信してきた宮間と福元。選手の一人は「(宮間)あやさん、(福元)美穂さんのおかげでチームがここまで来られた」と感謝する。一方で存在感が際立つだけに、関係者には若手選手との間に微妙な距離が生まれたのでは、との見方もある。
攻守の大黒柱抜きで2部で戦う来季は1年での1部復帰を目指し、一から出直すシーズンになる。
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